よねの備忘録・跡地

2007~2025までの「よねの備忘録」の跡地

最高のフロント

資金力、この点を除けば、Fのフロントは最高です。

【口を出さずに、顔を出すオーナー】

1981年に、球団を買い取った、大社・前オーナーは最高でした。
人事には一切、口を出さず、十二球団で一番球場に観戦にくるオーナーでした。

札幌移転を薦めたのは、息子の現・オーナーです。
90歳と高齢になった、前オーナーは、札幌に来ることは困難でしたが、
2005開幕戦に札幌ドームに観戦に訪れます。
「おお、よく客が入っているじゃないか。札幌に移転して良かった。」という
 感想が伝わってきています。
前・オーナーは、2005年秋、逝去しました。

【チーム戦術は、監督ではなく、フロントが決める】

2005年、トレイ・ヒルマン監督は解任の危機にありました。
それまでの3年、5位、3位、5位と成績が振るいませんでした。
ヒルマンは、当初「ラージ・ベースボール」を目指しましたが、
2005秋、フロントはヒルマンに「スモール・ベースボール」を
求めました。
ヒルマンは、それに従い、バント・走塁練習を重視します。
2006年、日本人監督以上に細かい、「スモール・ベースボール」が
展開されました。一言で言うならば「プロが行う高校野球」。

梨田監督就任も、細かい野球を承諾しての人選です。
近鉄の監督だった梨田氏は、「いてまえ野球」で有名でしたが、
バントの数もリーグ一だったのです。

【FのITドラフト】

2003年、北海道日本ハムファイターズが、まず取り組んだのは、
ドラフト候補生の「点数化」です。
いろいろな項目が点数化され、100点満点で評価されます。
80点以上、超・1軍。
60~80点、1軍レギュラー。
40~60点、1軍控え。

面白い項目がありまして、「メンタルの強さ」「(投手の場合)腕の振りの見づらさ」
なんて項目があります。
どの項目にどの係数をかけるか、これは企業秘密で、
球団の中でも、数名しか見ることが許されていません。
球団社長でさえ、見ることが許されていないのです。

候補選手は、必ず複数のスカウトでチェックします。
そして、なんと監督には、誰を指名するかの権限がないのです。
ヒルマンはぼやいていました。「俺もボビーみたいに選手を選んでみたいよ」

1軍レベル選手は、当然、他・チームの候補です。
いかに1軍控えレベルで「拾い物」をとるかが勝負です。

2003年から3年続けて「良い選択」が行われました。
大学・社会人4位で「武田久」「M・中村」「武田勝」の3名を指名しました。
今の実績を考えると1位指名以上の活躍をしています。